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タメ口 [日本語教育]


「日本文化を読む」2課の文は「ちゃんと話すための敬語の本」(橋本治)という日本人の若者に向けて書かれたものなので、タメ口などと言う言葉も出て来る。自分ではあまり使わないが、友達に話す時のくだけた話し方ということはわかっていた。でも、なぜ「タメ」なのか。

これは辞書にはなさそうなのでネットで調べた。
「タメ」はばくちの言葉、二つのサイコロで同じ目が出るゾロ目と同じ意味だそうだ。
辞書に「ゾロ目」の説明はある。目が揃う→揃目そろい目→揃目→「ゾロ目」となったようだ。

「タメ」に「同じ」の意味があるので、同等の者、友達と話す時のことばが「タメ口」になったそうだ。不良やくざ用語と書いてあったが、今は若者だけでなく年配の人もくだけた会話などでは使っている。学生たちも知っているべき言葉なのかもしれない。

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アブナイ子 [日本語教育]

「日本文化を読む」の3課に
人の問いかけに黙っていると「アブナイ子かもしれない」と思われるという意味の文がある。そしてアブナイ子とはどんな子だと思うかという設問がある。

このアブナイは単に危ない・危険という意味ではなく「何をするかわからない、異常性がある」というような意味で使われている。
このようなアブナイの使い方は、2人のはみ出し刑事が凶悪事件を解決する「あぶない刑事」というテレビ番組からなのかなと思う。わたしなどは、「アブナイ人」というと「何をするかわからない怖い」という意味と、かなり限定的にだが「行動が予想できないが、それがまた魅力的だ」という二つの意味を感じてしまう。

「アブナイ・危ない」の意味は
新明解や広辞苑では
①安全が保障できない。 危ない道路 危ない橋を渡る
②情勢が厳しくて心配だ。 今日明日にも危ない(死ぬ)
③よい結果が寺期待できない。 選挙結果が危ない
のような意味しか載っていない。

①の意味で「かかわると危ないことになる人」ともいえるが、もともとは「人」を形容する言葉ではないようだ。

ところが、古語辞典には「あぶなし」で
①無考えで人に迷惑をかけそうである。(入水した浮舟に「などかく危なきことはせさせ給ふ」)
②危険がある。危険である。
という意味が載っていた。
①は無考えとあるので人について使う言葉だ。考えないで行動するので、人に迷惑をかけたり、何をするかわからない?

本の解答には「アブナイ子」は、「何をするかわからない子」と書いてあった。学生にどういう子だと思うと聞いたら、どんな意見が出るだろうか。なぜカタカナなのかも気になるかもしれない。


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ちっとも~ない [日本語教育]

ちっとも ~ ない
日本文化を読むの2課に「子供たちは豊かな時代に生まれ、ちょっと外出すれば何でも安く売っているから食べ物のありがたみがちっともわからない」という文が出て来た。
「ちっとも~ない」は「全く~ない」と同じような意味にで口語的な言い方だと説明していたら、落とし穴があった。
その練習問題にに次の完成問題があった。
①日本語がちっとも                        
 「日本語がちっともわからない」「日本語がちっともうまくならない」
 という文などはよかったのだが、ある学生が「日本語がちっとも好きじゃない」という文を作った。
 こうはいわないとは言っても、説明をするのが難しかった。

講師室で聞いても、「日本語がちっとも好きじゃない」に違和感があるが、やはり、説明が難しいという。

自宅で辞書を引いても、違いが判らない。
ただ、「日本語がちっとも好きじゃなかったのに、ひょんなことから日本へ来ることになった」などの文になると違和感がないと思った。

困った時の「基礎日本語」森田吉行を引っ張り出して、「ちっとも」の項を引いてみた。
「話し手としては、現状が変わることを期待し(または、変わってもいいはずだと考え)ているにも関わらずそうならない場合。
1)新しい事態が生起しない・・・雨がちっとも降らない
2)静から動、動から静へとかわらない。・・・ちっともじっとしていない
3)現状が全く変化しない。・・・いくら練習してもちっとも上手にならない
4)状態が条件に合わない場合
  この小説はちっとも面白くない
  暖簾が古いわりに、品物はちっともよくない
などと説明されていた。

ちっともに接続するのが動詞の場合は、動きがあることが予想されるので違和感なく接続できる。又、「ちっとも暑くならない」「ちっとも上手にならない」などい形容詞やな形容詞に~になるを付けた形も変化が入るのでぴったりくる。

問題は4)だ。
「この小説はちっとも面白くない」
この場合の条件=小説はおもしろいもの=だが読み進んでも面白くならないという意味が含まれるのだろう。「日本語がちっとも好きじゃない」これが成り立たないのは日本語は必ず好きになるとは限らないからだろう。

「暖簾が古いわりに、品物はちっともよくない」
確かに、前後に条件、又は何かの事情を説明する文を入れると違和感がなくなる。
「日本語がちっとも好きじゃなかったのに、ひょんなことから日本へ来ることになった」
「彼が好きなんでしょう?」「彼なんてちっとも好きじゃないわ」

自分では納得したが、学生に説明するのは難しい。条件があるということを理解してくれるか、来週のお楽しみだ。
 
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こだわる  [日本語教育]

出版記念のチラシに「こだわる男のスタイリング・・・」という文字があった。それを見た夫が「こだわる男?何?こだわるって何にこだわるんだ」と妙にこだわっていた。
確かに私たちの世代では「こだわる」は悪い意味で使っていた。つまらないことを必要以上に気にするという意味だ。
目先の利益にこだわる、枝葉末節にこだわる、メンツにこだわる・・・
何かいさかいの後で「もう、こだわっていないから」とか
「どうでもいいことなのに、妙にこだわるね」とか。

ここ最近(といって20年、30年くらい前から)たとえば料理番組などで「こだわりの食材、こだわりのメニュー、こだわりの一品」・・物事に妥協せず、とことん追求するというプラスの意味の使い方が出てきた。こだわりの家、こだわりの家具、こだわりの旅行プラン・・上の「こだわる男」はファッションに気を使うとかファッションについて自分なりの見識があるの意味だろう。

手元の新明解(1997年版)では、他人はどう評価しようが、その人にとっては意義のあることだと考え、その物事に深い思い入れをする。「カボチャにこだわり続けた画家」「材料にこだわる」この用法はごく新しいとある。「他人はどう評価しようが」という言葉に、辞書を書いた人の違和感が入っているような気がする。私が「こだわる」に感じる「独りよがり」というような感覚だ。

古い広辞苑では「さしさわる・拘泥する・邪魔する」などのマイナスの意味しかなかった。
また、漢和辞典では拘(捕まえる、抱え込む)、拘泥(かかわりなずむ、融通が利かない)
とつまらないことを気にして動きが取れないという意味合いしかない。

例えば職人の仕事など、あることを心を込めてやり、妥協せず、道を究める意味で「こだわる」とつかうのは、使い始めはインパクトがあったと思うが、よくテレビなどに出てくる今の使い方は軽すぎるし、多用されすぎて価値も落ちてしまったように思える。
ネットで調べていたらある雑誌の編集部では店の紹介記事で「こだわりという言葉禁止」という命が下ったという記述があったが、なるほどなと思う。
わたしは使うとすれば、軽い冗談の意味をこめて、「この傘は軽さにこだわって買った」「ちょっと盛り付けにこだわってみた」などとしか使わない。

同様に気になる言葉は、美味しい時「やばい、めちゃくちゃおいしい」だ。
またの機会に。

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プチかぺティか [日本語教育]


「日本文化を読む」という教材の1課に佐藤雅彦の「プチ哲学」が載っている。
哲学はわかるけどプチとは何ということになった。
小さいという意味のフランス語で、ここでは、日常生活の小さなことから哲学的な考え方につなげるというような意味だと説明した。

プチはPetitと書くと発音はぺティではないかという学生がいた。日本語のカタカナ英語表記は学生たちが戸惑うものが多い。信用していないのだ。「マクドナルド」「アップル」などはいつも大爆笑になる。
プチはフランス語から来ているので調べてみようと言って、携帯の翻訳サイトでPetitの発音を調べてみた。フランス語では「プチ」に近く英語では「ぺティ」に近かったので、学生も納得した。

そういえば、ペティナイフというのは料理用の小さい包丁だ。これも和製の言葉なのかと思って調べてみたら、英語でもpetit knife(フランス語+英語)の単語として使われているようだった。
前に書いた「サボる」のサボタージュsabotageもそうだし、、アンケートenquête、ルージュRouge(赤いの意味)もフランス語から来ているように、英語以外の外来語がカタカナ語の日本語として定着しているものも多いという話をした。日本語を教えてでもいないと普通に気にしないで使っているカタカナ語だが、学生たちにとって日本語の大変なことの一つだろう。

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鼻濁音 [日本語教育]


旅行に出かけた仲間との食事の最中のおしゃべりにも、やはり日本語の話題が出て来る。

ある時、助詞を教えている時に助詞を意識してもらうために、つい助詞の部分を強く発音してしまうということを一人が言い出した。たとえば「私は水が飲みたい」の文を教える時、「水を飲む」との助詞の違いを際立たせるために「私は水が飲みたい」といってしまう。
特に答え合わせなどをしている時に多い。学生たちの耳にはそういう音として定着してしまうかもしれない。助詞の「が」は鼻濁音で言うべきだが、日本語教育ではそれよりも正しい助詞の使い方の方を重視してしまうのだ。

日本の学校でもあまり鼻濁音は意識されていないので、鼻濁音を使って話せる日本人も減っているという。
お互いに声を聞きあってみて、わたしたちは何とか鼻濁音を使っていることがわかったが、教室で同じように話してはいないと思う。
しかし、逆に学生たちの方が、実は聞き分けているのではないかという話になった。 n と Nの使い分けがあるのかと聞いてくる学生もいたので、法則を教えてあげれば、ちゃんと使える学生も多いと思う。

みんなで、ざっと法則を考えてみた。
*鼻濁音になる
語中・語尾のガ行音・助詞のガ
*鼻濁音にならないもの
文頭のガ行音・専門学校のような複合語・五時など数詞

学校への集合は午後五時です(がっこうへのしゅうごうは、ごごごじです)
ゴシック部分は鼻濁音にならない。他は鼻濁音。
こんな文を意識して発音してあげれば納得する学生も多いのではないか。


あとでネットで調べたら、次のものもあった。
・連濁の場合(「大金持ち: おおがねもち」など)は鼻音化する
・音象徴語などの同じ語の繰り返しは鼻音化しない(「がらがら」「ごろごろ」な

なるほど!

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サボる [日本語教育]


中級へ行こう10課
練習問題に「サボる」という言葉が出てきた。
カタカナとひらがながでできた単語というのも珍しいし、語彙説明にも載っていなかったので「なんだ、なんだ」ということになった。フランス語の「仕事をちゃんとしない」という意味の「sabotage」、その「サボ」に「る」をつけて日本語になったと説明した。
(労働争議の戦術などということはややこしくなるので省いた)
馴れない言葉なので「サボらないでよく勉強する」という文を書くとき、「サボラないで」などと書いてしまう学生もいた。

外来後カタカナとひらがなで一つの動詞ができるというのは、日本語の造語力の高さの一つだ。
ググる(googleなどで意味を検索する)も教えたら、聞いたことがあるという学生もいた。
トラブる(troubleが発生する)
ミスる(missをする)
なども一応教えたが、使う場面がないことを望む。

「ビビる」もあるなと思い出した。家に帰ってビビるを調べたら。外来語ではなく古語だった。「気後れがする、はにかむ」という意味だ。それなら「びびる」と書くべきなのかもしれない。
ネットの語源由来辞典http://gogen-allguide.com/hi/bibiru.htmlでは
「びびる」の語源は大軍が動くときの鎧の触れ合う音が「ビンビンと響く」こと
から来ているとあった。擬音語ならカタカナで「ビビる」でいいのか?


今日から秋休み、一週間カナダへ。日本語学校の同僚と行くので日本語を忘れての度にはならない?

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訪ねる 訪れる [日本語教育]


中級へ行こう10課での質問
訪ねると訪れるの違いを中国の学生が質問した。

中国と日本は同じ漢字を使っていても違う意味を表すことが多い。
読み方の違いに注目したのは、さすが真面目な学生だ。

「訪」を中国語の辞書で見ると、友達などの家を訪問する意味と、出向いて調べる・求める(何かを調べたり求めるために出向く)の意味がある。

日本語の辞書(新明解)では
「訪ねる」
同じ音で尋ねるという字がある。①どこにあるか探す。調べて明らかにする。②わからないことを人に聞く。③訪問する。これが訪ねる。
中国の使い方に近い。

それでは、「訪れる」はどうか。
訪問する。便りをする。季節が来る。ある時期や状態になる意味の雅語的表現となっていた。(たそがれ、平和、転機、絶好のチャンスなどが訪れる。
この使い方は中国語にはない。

まとめとして学生に示したこと。
1、「訪ねる」」は目的や意志をもってすることなので主語は人しか使えない。
私を訪ねて人がきた○ 
京都の古寺を訪ねる○ 
平和が訪ねる×
2、「訪れる」の主語はは人でも事柄でもいい。目的や意志は強くない。
私はぶらりとある街を訪れた○
彼は先生の家を訪れた○ 
彼は先生を訪れた×(先生に会ううという目的があるので先生を訪ねるになる?)
春が訪れた○ 
ふいに沈黙が訪れた○
  
質問がなければするっと行ってしまうところだ。いい学生たちだ。

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~わけがない ~わけではない [日本語教育]

TRY!N3
87 ~わけがない 
①絶対考えられないと強く否定したい時 (100%できないと説明した)
  相手は世界でトップのチームだしがんばったって、勝てるわけがない
②自信をもっていう時(100%大丈夫だと説明した)
ちゃんと準備したんだからプレゼン、うまくいかないわけがないよ。
 
中級へ行こう 8課
~わけではない
 ①部分否定 ・・・いつも~でなく、~でない時もある。(そうじゃない時もあると説明)
 料理を毎日作るわけではない。

②直前の事から当然予想されることを婉曲に否定する。
(~と思うだろうがそうではないと説明)
*練習問題には下の文を作らせる問題がでてくる。
レストランは何時も込んでいる。
    とても有名なわけではない。
料理の値段が安いわけではない。
    メニューが多いわけではない。などとあって
  込んでいる一番の理由は、味がいいことだ。
 

例文を使って、全否定と部分否定を説明したら、納得したので一安心したが、何故混乱したのかが気になった。
その原因として「中級へ行こう」の②の説明が、何となくひっかかる。

 中級へ行こうの②の例文や「行きたいわけではないが、みんなが行くから私も行く」などの使い方は、むずかしいのかもしれない。
「表現文型500」などの説明では、例文の最後に「特に~ではない」という使い方もあるというように書かれている。このぐらいの比重でいいのかもしれない。

また、8課の本文には「あいづちをうっていても100%賛成しているわけではない」と部分否定の用法が載っているので、①の部分否定であるという説明だけならすっきりする。また、学生にとっても「全部は飲めない」などの「は」を使った部分否定を勉強しているので、わかり易いと思う。

何回授業をしても、クラスによって学生によって反応が違うので、一生勉強だと思う。

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~させていただきます [日本語教育]

TRY!N3
78 ~させていただきます
これはやるたびに、気になっている。
1、違和感を感じない場合
*相手に何か頼んだ時
例えば「見せていただけませんか」と頼むとする。
「いいですよ」と許可が出たら「では、見せていただきます」
この言い方に違和感はない。
  ★ただし、拝見を使う場合は注意が必要。
   「拝見させてください」→「では、拝見します」
   これで、敬語になっているが、
   「拝見させていただけませんか」→「では、拝見いたします」
    この言い方もよく聞くが、実は二重敬語になり本当は間違い。
   *相手に了解を得る場合 
「時間の都合で見学のスケジュールを次のように変えさせていただきます」これも、自分側の都合で相手にお願いするのだから違和感がない。
2、違和感を感じる場合
*スケジュール通りに始まる催しを始める時の挨拶に「会議を始めさせていただきます」これは、相手がこちらに何かお願いしたわけではないので、くどい気がする。「会議を始めます」または「会議を開始いたします」がいいと思う。
   *自分の都合を相手に伝える場合
    「締め切りは3月末日とさせていただきます」「定員は10名様とさせていただきます」
    これは相手にお願いするのではなく自分が決めることだから、
    「締め切りは3月末日です(又はといたします)」「定員は10名様です(又はといたします)」の方がいい。

さて、教科書の問題文を見る。
①出張に会社の車を使わせていただいてもかまいませんか。
これは会社の車を使いたいと頼んだのだろうからOK
でも、「会社の車を使わせていただけませんか」で十分だと思う。
②明日、もう一度お電話させていただきます。
何か電話で頼み事をしている時などOK
でも、普通の場合なら
「明日もう一度こちらからお電話します」「明日もう一度こちらからお電話いたします」
などでいいのではないか。
③以上で説明を終わらせていただきます。
 スケジュール通りの説明なので「以上で説明を終わります」「以上で説明は終わりです」
 「以上で説明を終了いたします」がいいのではないか。

学生には、こういう言い方もあるが今まで習った敬語をしっかり使うようにと言った。

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