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獺祭 だっさい [日本語教育]

日経新聞の日曜版に「獺祭」の事が載っていた。
dassai.jpg

正岡子規の別号が獺祭書屋主人。獺祭とは、獺がとった魚を食べる前に岸に並べること、転じて詩文を作るときに多くの参考書を広げて散らかすことという意味から来ているそうだ。
魚を並べるなんて何かかわいらしい感じがする。
が、獺はどうしてこの字になったのだろう
音読みは呉音が『タチ』、漢音が『タツ』、慣用音が『ダツ』、訓読みが『獺(かわうそ)』
獣編+賴

賴を使った字で瀨という字がある。瀨は瀬の旧字。浅瀬という意味だ。
 頼の旧字が賴で、束と刀と貝。色々説があるが、束ねてある貝(財貨)を刀で分けて貸し借りを
 することで人に頼り頼られること。サンズイがついたのが瀨。瀬の場合は刀で分けることで水が
 勢いよく出るとか、強く跳ね返る意味の剌(元気溌剌)の意味がはいってくるらしい。
瀬は強く撥ねるような流れのの速い場所。
その瀬で魚を採って食べるのが獣編を付けた獺。
獺は瀬の旧字体瀨がそのまま使われている。
中国語では水獺で更には水との関係が深い。

獣編に頼むなので、神を祀る。神を頼んで祀る獣で獺の字ができたという説もあったが、瀬の獣の方が納得いく。
それにしても、野生のくせに、岸辺に食べ物を並べてから食べる、可愛いけれどなんて呑気な。だから、絶滅してしまった?

お酒の獺祭は世界中でも大人気らしい。

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な形容詞は悩ましい [日本語教育]

「好きくない」から、派生して「な形容詞」を調べたくなった。
  
な形容詞は名詞になをつけて形容詞化したものだ。
活用は 静かだろう 静かだった 静かで 静かに 静かだ 静かな 静かなら
 
静か(名詞)→な形容詞「静かな」
   古語辞典に静かのシズは、「沈む 鎮める 雫」など同根(語源が同じ)で下に沈んで安定している様子だとある。

上手(名詞)→な形容詞「上手な」
   古語辞典で「上手(じゃうず)」、手際が良いの意味。

「幸せ」は、古語辞典で「仕合わせ(しあはせ)」は動詞「仕合はせる」(うまく合わせる。良いことにめぐり合わせるの意味)。この連用形「しあはせ」の名詞化
→あとで幸せの漢字をあてるようになったのか
→「幸せ」に「な」を付けてな形容詞「幸せな」

「にぎやかな」は、ちょっと難しい。
「賑わし(形容詞)」又は「賑わう(動詞)」が名詞化すると 賑わい と 賑やか
賑やか→「な」をつけて、な形容詞「賑やかな」
  
以上は和語だが、な形容詞の多くは「外来語(漢語、カタカナ英語など)+ な 」だ。
 有名な 丁寧な 心配な 元気な 幸福な
  ハンサムな な クールな

ざっくり説明すると上のようだが、な形容詞は色々問題がある。
「本当な」は、この言い方は無いが、「本当な」以外の活用は当てはまるので、活用の一部を欠いた「な形容詞」だという考え方と「の形容詞」という分類をすべきだという考え方もあるようだ。(ネットで「の形容詞」「第3形容詞」で探してみると出て来る)

「の形容詞」とされるのは学生達が良く触れる言葉でも、
一流 永遠 匿名 満席 直接 天然 臨時 不意 有料 無料 有料 直接 間接etc
たくさんあるが、
日本語教育では、例えば「一流の人」の場合、もし説明するなら「名詞+の+名詞」で説明していると思う。

逆に名詞の側からの定義もあった。(とりあえずウィキペディアより)
形容詞性名詞・ナ名詞・ナニ名詞
形容動詞を認めず、名詞に助動詞の「だ」などが付いたと考えたもの。普通の名詞と違い、「な」を付けることができるかわりに、一部を除き格助詞などを付けることができない。名詞から独立させるほか、「だ」などを含め形容動詞(または形容詞の一種のナ形容詞)とすることも多い。例: 「静か」、「綺麗」、「不思議」など。

な形容詞は悩ましい。

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好きくない [日本語教育]

スタジオ地図制作 細田守監督の「未来のミライ」を見てきた。
圧倒的な映像美、作画力の高さは思った通りで大満足だった。
冒頭の横浜?の俯瞰図(鳥観図)から圧倒された。航空写真より鮮明でしかも美しい。段差のある土地をうまく利用して建てられたこの家族の家がおしゃれ、未来の東京駅の映像美、ファミリーツリーを連想させる細かい縦横つながりの線の中を移動するシーンなど、本当に見ごたえがあった。

しかし、台詞の中に出てきた「好きくない」という言葉が、耳について落ち着かなかった。
4歳の子供が発する言葉だからと最初は無視していたが、途中で親たちも「好きくない」を使い始めたので「???」となってしまった。

「好き」は「みんなの日本語」第9課ででてくる。
「が好き、が嫌い、が上手、が下手」と対象に助詞「が」を取るものでまとめられている。
な形容詞の仲間として教えているので否定形は「好きじゃない」になる。

どうして「好きくない」がどうどうと出て来るのか。
 
辞書を見ると
「好き」は動詞「好く」、「嫌い」は動詞「嫌う」の連用形の名詞化したものとあった。
これに「な」がついて、な形容詞「好きな」「嫌いな」
動詞の変化で考えても「好く」の否定形は「好かない」で「好きくない」ではない。

これは単純に形容詞の活用と間違えている。でも、子供が間違えるのはいいとしてもどうして大人が「好きくない」を使う?

「違っていた」を「違かった」という人がいるように、今増えている言い方なのだろうか?
ネットで探してみると、好きじゃないという主観的な思いをはっきり主張するのでなく
「対象に対する客観的な評価として「好き」と相反する状態であることを宣言している」
言い方なのではないかという意見があった。
http://d.hatena.ne.jp/lar-lan-lin/20160102/1451696287
なるほど。

でも、大人がニュアンスを心得ていて遊びで使うのはいいが、小さい子が「好きくない」と使ったら、やはり大人は「好きじゃないって言わないで、かわいがってあげて。」というふうにアニメの中でも対応して欲しかった。

アニメとしては素晴らしかったのに、変な所でひっかかってしまった。

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春夏冬二升五合 [日本語教育]

IMG_9430.JPG
うちの近くの商店街の小さな「一杯飲み屋」の戸に気になる看板がかかっている。
「春夏冬二升五合」
春夏冬は聞いたことがあった。春夏秋冬の秋が書いてない、つまり「秋ない」→「あきない」→「商い」という意味だ。「春夏秋冬中」→「商い中」つまり、今店はやっているという意味だ。

わからないのは「二升五合」

ネットで調べるとあった。「二升」は「一升升(いっしょうます)」が二つだから、「升 升」→「益々(ますます)」
「五合」は「一升」の半分だから、「はんしょう」→「繁盛(はんじょう)」となる。
「商いますます繁盛」という意味だった。
江戸時代にはこのようなクイズのような看板が多く作られ、このように今でも使われるものもある。

春夏冬はまだ進化していて、「春夏冬→あきない→飽きない」ラーメンというのを見つけた。
江戸時代に負けないセンスだ。

春夏冬で商いをいわずに、「一斗二升五合」とかくばあいもあるそうだ。 一斗は五升の倍だから、「ごしょうばい=ご商売」、 二升は升がふたつなので「ますます=益々 繁盛だ」

こういう洒落は学生達も大好き、授業の合間の頭休めのクイズにいい。

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「マジ」「キモい」「ビビる」 [日本語教育]

わたしが参加しているフェイスブックの友達の中で、マジ、ヤバイ、キモイが江戸時代起源だという事が話題になった。
「ヤバい」は前にこのブログで書いたので、「マジ」 と 「キモい」 と 「ビビる」 について。

「マジ」も「ヤバい」と同じように、業界の隠語だったようだ。つまり、芸人の楽屋言葉として使われた言葉だそうだ。想像した通り、「真面目」が省略された形、「本気で、真剣に」という意味。

「キモイ」は「気持ちが悪い」の省略形だと思っていたら、江戸時代には狭いという意味で使われていたそうだ。友達は当時の俳句を引用していた。
「返事の能(よ)い下女・潜(くぐ)る襷(たすき)の 輪がキモイ」・・襷の輪が狭くてきついという意味だ。
キモイは現在でも岐阜県の方言で使われている。
靴が履きにくくなった時に「靴が きもくなった。セーターが縮んだ時「セーターが きもくなった」
でも、これは、音が同じなだけで、「気持ち悪い」の短縮形というのが正しいのではないか?

もう一人の友達が「ビビる」は平安時代からあるという。
古語辞典を引くと「四段動詞としてびびりがあった。
①気後れがする。はにかむ。恥じらう。「今、出でぬものなら、びびったりと思ふべし」
 「出なかったら、ビビったと思われるだろう」そのままだ。でも、これは浄瑠璃の台詞らしいので江戸時代?だろう。

鎧の触れ合う音から来ているという説がネット上にたくさん出ているが、平安時代の例文が全然出てこないので、ちょっと怪しいかもしれない。

(ビビるに関してはこのサイトが納得できる)
http://fngsw.hatenablog.com/entry/2018/06/13/192334



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東海 [日本語教育]

先日、中国の友人の卒寿記念パーティーでスピーチをした時の事、実は夫も詩吟をしようと一応用意していた。
題目は石川丈山の「富士山」(初心者が必ず習う物)
仙客来遊雲外巓
神龍棲老洞中渕
雪如ガン素煙如柄
白扇倒懸東海天
訳 雲の上に突き出した富士山の頂には、仙人が来て遊ぶという。
洞窟の中の淵には久しく神龍が棲んでいるという。
頂に積もった雪は扇の白絹のようであり、立ち上る煙は扇の柄のようだ。
これも一応、友人の息子(日本で仕事をしている)に意味を説明して、意見を聞いてみた。すると彼は意味は分るが東海が問題かもしれないという。中国で東海といえば東シナ海だから。親戚だけでなくいろいろな人が来るので、避けた方がいいかもという事で夫は詩吟を取りやめた。(あまり自信がなく内心ほっとしていたが)
東海は美しい響きだが、結構デリケートな呼び名なのだ。そして、中国はやはり、政治的にいろいろ気をつけなければならないことが多い。

韓国が日本海の事を「東海」と呼ぶように主張して問題になっているが、「日本海」という呼称は、1602年のマテオ・リッチ「坤輿万国全図」に最初に出現するそうで、日本が付けたものでもないらしい。日本の植民地支配と関連付けるのはおかしいと思う。

日本で東海地方(とうかいちほう)といえば、本州中央部に位置し太平洋に面する地域である。愛知県、岐阜県、三重県、静岡県の4県、あるいは愛知県、岐阜県、三重県の3県を指す。上の漢詩は富士山の見える静岡の海を表しているのだと思う。

石川啄木の短歌に
東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
がある。
これは静岡のあたりの海なのかと思っていたら、そうではないそうだ。
ネットで探してみるといろいろな説がある。啄木は、明治40年(1907年)に故郷の岩手県渋民村を出て、函館市に移住した。「東海の小島」は、その当時啄木が友人と訪れた函館の大森浜を念頭に置いて詠われたというのが定説らしい。(参考:岩城之徳『石川啄木』おうふう)青森県の大間町、大間崎で、東海の小島は、沖の灯台の島「弁天島」という説もあるそうだ。

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ミャンマーの仏像 [日本語教育]

ミャンマーの仏教は日本のものと似ているところもあるが、違う点が多いと思う。

日本が大乗仏教であるのに対して、ミャンマーは上座部仏教であるのが、その違いになる。

まずミャンマーでは釈迦如来以外の仏像がほとんどない。その代わりに釈迦以前にこの世にあらわれたと言われる過去仏(過去七仏とも過去四仏とも言われる〉の像は多い。
<過去七仏>毘婆尸仏(ビバシブツ)・尸棄仏(シキブツ)・毘舎浮仏(ビシャフブツ)・ 拘留孫仏(クルソンブツ)・拘那含牟尼仏(クナゴンムニブツ)・迦葉仏(カショウブツ)・釈迦牟尼仏(シャカムニブツ)。
シェタゴン・パゴダをはじめ、仏塔のなかによく祀られているのがこの後半の四仏
東に拘留孫仏(クルソンブツ)・南に拘那含牟尼仏(クナゴンムニブツ)・西に迦葉仏(カショウブツ)・北に釈迦牟尼仏(シャカムニブツ)を配置する。
日本人は三世仏(阿弥陀仏、釈迦仏、弥勒仏、又は薬師仏?)などと思ってしまうので、この名前には馴染みがなく、ちょっと違和感が。
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また、釈迦像には日本の仏像ではあまり見られない指を地に付ける降魔印を結んでいるのが多いという特徴もある。人間が自ら悟りを開いて仏(仏陀)になるために修行することを重視しているので、修行を妨げる魔物の誘惑を大地の神の力を借りて克服したということを示す降魔印が多いのだろう。ミャンマーではお釈迦様は仏陀になるまで虫や動物も含めて様々なものに550回生まれ変わったという話も伝承されており、その前世の物語を描いた絵画があちこちに飾られている。
同じお寺の中にも少しずつ形を変えた仏陀像が何体もある。

拝み方は座って額を地面につけて礼拝する。正座をしてしまえば、これは日本人にとってそんなに違和感を覚えるものではなかったが、丁寧さが違う

(別件だが、例の送別会の最後にミャンマーの学生達から「最後に先生を拝みます」といわれて、合掌されて、土下座までされてしまった。「とんでもない」といったら、「先生ですから」とみんなが言う。仕方ないのでこちらも目を閉じて合掌してしまった。)


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井の頭弁天の? [日本語教育]

7月は日本語学校を休むことにしたので、少し時間に余裕がある。
ミャンマーの仏塔を見てきた目で、朝の散歩で行く井の頭公園の弁天をもう少し調べてみた。

黒鳥居.jpgまずは参道の黒門。これは、弁天堂やの入口の山門だという。どうしても鳥居に見えてしまう。お寺に鳥居があるのは珍しい。豊川稲荷(円福山 豊川閣 妙厳寺)や高尾山薬王院有喜寺(飯縄権現)などにある鳥居は神仏習合であった時代に同じ境内に神社と寺が作られたからだ。
弁財天はインドのヒンズー教では梵天の妃サラスバティで河の女神、音楽の神でもある。中国を経て日本に伝わった際に、日本の水の神と結びつけられて信仰された。江戸の大事な水源、神田上水を守護するものとして、また、音楽、芸能の守護神としても江戸町人から信仰されたという。井の頭弁天の境内には、宇賀神という蛇体の神(顔が人の蛇の像)銭洗い弁天という龍神が祭られている。ヘビも龍も弁天もどれも水つながり。井の頭弁天の紋には鱗模様と波の模様がデザインされているし、絵馬にはヘビの絵が描かれている。
宇賀神像 農業の神.jpg
そうなると日本古来の神と結びついて祀られているので、鳥居があってもおかしくないのかもしれない。
また、鳥居も山門ももともとは聖域と俗界を隔てるものなので、似ていてもかまわないのかも。インドの寺院の山門、ミャンマーのゼディの前に立つ門も鳥居に近いような気がする。
インドラージギル山門.jpg

この黒門は江戸市内からお参りに来る場合、現三鷹市の牟礼(当時は宿場町)を通り井之頭に至る道の目印になっていて、神田御上水源井の頭弁財天の道標もある。今は吉祥寺が栄えているが、昔はこちらが正門だったのだ。今は門をくぐると普通の住宅街、そこをまっすぐ行くと大盛寺(井の頭弁天を管理する別当寺)に突き当たるのでそこを右に折れ、急な石段を下りると弁天堂への石橋がある。石橋を渡ると井の頭弁天の境内だ。
弁天堂.jpg
弁財天の拝み方だが、仏教の天部に属する弁才天だし、線香を供えるを場所もあるし、お堂には鈴でなくて鰐口がかかっている。仏式、二拍手は無しで手を合わせると思う。
でも、見ていると散歩の途中で立ち止まって門の外(これは管理のための門)から、合掌する人、二拍手をしている人もいる。神道式の二礼二拍手一礼この形式が整ってきたのは明治時代からで、昭和23年に定められた「神社祭式行事作法」が今の神道式の拝み方の基準になっているそうだ。弁財天は仏教でも、水の守り神、農業神としての宇賀神と一体化して祀られている(秘仏の弁財天の頭には宇賀神が載っているそうだ)ので、神式もありなのかもしれない。

よく、寺や神社には拝み方の作法を書いた紙が貼ってある。ここの弁天堂には見たところそれが見つからないなあ。朝の散歩のときは門が閉まっているので、今度は開いていている時間に行って、調べてみたい。

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雲の峰 いくつ崩れて 月の山 [日本語教育]

28年前の中国の学生との付き合いがその御両親も含めて続き、今回お父様の卒寿の祝いに招待されて南京まで行ってきた。

南京というと反日という感じがするかもしれないが、個人個人の付き合いには政治は関係ない。着物で来てくださいといわれ、お祝いのスピーチも頼まれた。日本語でも中国語でもといわれたがこの際中国語で頑張ることにした。また、この卒寿のお父様から書の作品もたくさんいただいているので、今回は芭蕉の俳句を書いた短冊を持参することにした。

日本に住む元学生やその兄弟たちと上海から、南京へ向かう車の中で、スピーチの中国語の確認とともに短冊の歌の意味を説明した。
10BAB6A8-CB1B-418F-862A-A09967629644.JPG選んだ句は芭蕉の夏の俳句で「雲の峰 いくつ崩れて 月の山」
この解釈にはいろいろあるが
「入道雲がいくつもいくつも沸き上がってはその姿を崩して行った。そういう千変万化する世界の中で月山が不動の姿で屹立している。」
この解釈なら今のお父様にピッタリかと思った。
お父様は文化大革命などの荒波を乗り越えて、今、退職後も水利学院の研究者や学生の間に聳え立っている。雲は様々な困難の比喩としてもいいかなと思った。

しかし、その説明は中国の人には通じないようだった。息子が言うには、この句は景色の句としか読み取れない。比喩としても、雲の上の人、雲上人は宮廷の人で父には当たらないという。そういう意味じゃなくてと説明しても、その内容を中国人に説明してもほとんどが理解しないだろうという。偉大な人の比喩として「泰山」はあるが、ただの山ではだめだと。
日本国籍をとっている彼の奥さんが私の伝えたいことを中国語で口添えしても、中国人に意味を伝えるのは難しいという。仕方がないので芭蕉の夏の俳句、名山の一つである月山を読んだものという説明だけにすることにした。

中国語スピーチの最後に短冊を渡した。お父様の歌、習字の実演、家族の合唱などもあり、華やかなパーティは無事終わったが、
帰りに短冊の意味をもう一度聞かれた。俳句の語句をさらりと説明して山はお父様ですといったら、納得していたようだ。

同じ漢字を使うので中国人と感覚を同じくしていると思うと大間違いだという事は心しておこう。


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ミャンマーの日本語学校の学生達 [日本語教育]

ミャンマーの学校での最後の夜。みんなが送別会を開いてくれた。学生たちが食堂として使っているテラス。テーブルにはインスタントコーヒーと箱入りのスポンジケーキが並ぶ。女の学生はお化粧をして登場。みんなびっくりするくらい綺麗だった。
N3クラスでは、歌をプレゼントしますという。ヘイン先生が持ってきたCDの伴奏に合わせて歌ってくれたのは、レミオロメンの『3月9日』。日本語能力試験が三日後にあるのだが、昨日頑張って練習したという。みんな携帯の歌詞サイト(?)を見ながら、懸命に歌ってくれた。あの歌詞は最後の方でジーンとなる。涙と汗の混じったものを拭いた。
前から感じていたのだが、学生達は歌詞の発音がとてもきれい。会話の時はミャンマー語のくせが出ておかしいとこともあるのに不思議だ。

それから写真タイム、集合写真以外にもたくさんの学生たちと並んで何枚も何枚も写真を撮った。
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私もお返しに森山良子の「今日の日はさようなら」のプリントを渡した。「今日の日はさようなら、また会う日まで・・・、わかります」とみんな納得。一応歌い方を教えて「後でネットで探して歌を聞いてみてください。」といったら、ヘイン先生は「今、先生の歌を録音しました」という。冷や汗ものだが、音程は何とか外してなかったのでまあいいか。でも、ネットで探して本物を聞いてみてねといった。

ミャンマーの学生たちは、本当に善意にあふれ、楽しんで一生懸命に勉強してくれた。
ミャンマーの学校の授業の方法が暗記中心なのに対して、まず、内容に興味を持たせ、学生の活動を重視する日本の教育方法は、新鮮に映ったかもしれない。しかし、繰り返し練習を嫌がらず完全に100点をとるまで、何度でも懸命にやる勉強の仕方には、こちらがはっとさせられた。やはり、繰り返して自分の物にするというのはどんな勉強についても、大事なことなんだと再認識させられた。

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